蒸し暑い日が続いている。

地元の駅の自動販売機には、まだ「あったか~い」が売っている。

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知り合いの女性とファッションの話になった。


僕はいま47歳だが、この年齢でオシャレな男性をあまり見ない、という。

まぁ僕自身そこまでファッションに気を遣うわけではないが

季節に合わせた服を選ぶことはある。

要は派手なものやハイファッションのことではなく

休日の街を歩いていてオシャレな人は確かにいるが、

フォーマルと日常生活の中間にあるような、しかしきちんと気を遣っていることがわかる服を

意識的に選ぶ47歳がどれだけいるのか。


服に全く興味がない場合はさておき、

それは経済状況のことももちろんあるだろう。

家族の生活を支えるために、自分のためにお金を使わないという考え方。

電車の中で僕と同い年ぐらいの男性を見ると、その考え方は透けて見えるときがある。

そしてその責任を果たす姿を見るたびに、僕は気恥ずかしい気持ちになる。

それはファッションとは別の意味でカッコイイ。

その圧倒的な正しさは圧倒的に強い。ひれ伏すのみだ。


そして同時にずるいと思うときもある。

「生活のためにそれを犠牲にしている」という言葉は正しすぎるし、カッコ良すぎる気がする。

その立場になってから物を言えと思われるかもしれないけれど

自分を騙す論理とまでは言わないが、

反論できない考え方を真っ先に掲げる人を、僕は未だにどこか信用できないでいる。


梅雨時は服選びが難しい。

結局のところ、自分の感覚以外に信じられるものがない。

ならば、どれが正しいということじゃなく、

自分のエゴトリップみたなものと、上手く付き合うことが大事なのだと思っている。



季節はずれの「あったか~い」自販機コーヒーを、名残惜しみながら飲んでみよう。